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| ▲御衣の滝
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| 御衣の滝の景観と印象
兵庫県三木市細川町にある「御衣(みころも)の滝」は、脇川地区を流れる美嚢川の支流・脇川に流れ込んでいる。 落差は5m程だろうか、水量は少なく、水は滴るように落ちている。 写真ではほとんど分からず、水音よりも、鳥の声の方がよく聞こえるほどである。 この滝は、同市志染町にある「薬師寺観音堂の滝」など同様、沢などからの流れではなく、伏流水からなる滝のようで、近くには「脇川の念仏水」と呼ばれている湧水があり、御衣の滝も、この湧き水からの流れと言われている。 滝の横にも洞窟のようなところがあり、こちらの方は水が流れ落ちているのが分かったが、御衣の滝とは関係がないのだろう。 また、滝の近くには作業小屋か籠り堂の様な建物も建てられているが、滝下には不動尊の石仏が祀られていて、信仰の滝であることが分かる。 滝近くには教海寺があるが、御衣の滝も教海寺の境内になっているのだろう。 教海寺の創建は古く、寺伝によると白雉2年(651年)、法道仙人によって開基されたと伝えられていて、延暦14年(795年)には、弘法大師・空海が三年間修行したとも伝えられている。 隣接するように湧き出ている「脇川の念仏水」も、かつて、「空海が杖で地面を突き刺して水を湧き出させ、水が乏しい村を救った」という伝承も伝わっている。 御衣の滝も、その当時から流れ落ちているものであろうが、以来、ずっと枯れることがないということは、やはり感慨深いものがある。 ところで、かつての教海寺は実に大きな寺で、四十八坊を数えたと言われているが、現在も、本堂は県道を挟んだやや離れたところにあり、往時の様子が偲ばれる。 寺は、羽柴秀吉の三木城攻めの折、城に米を送っていたことから焼き討ちにあって荒廃したが、檀家の人たちの熱心な寄進により、徐々に再建が進み、元和元年(1615年)には大師堂も再建されている。 この時、運よく教海寺の方にも話を聞くことができたが、御衣の滝は近年水量が少なくなっているとのことで、台風の被害によって、寺近くからの道も崩落しているため、通行禁止になっているとのことだった。 御衣の滝への交通・アクセス さて、御衣の滝へは、自動車の場合、山陽自動車道・三木東インターからだと、インターを降りた先の交差点を「社・吉川」方面へ向かって右折する。 右折した道は県道85号線で、しばらく走って行くと、「谷口」の交差点があるので、この交差点を「加東・天神」方面へ向かって左折して、そのまま県道85号線を進む。 道なりに走って行くと「豊地」の交差点があるので、ここを左折して「三木市街」方面へ進む。 左折した道は県道20号線で、少し走って行くと「細川なか」の交差点の先で細川橋を渡って美嚢川を越えるようになる。 この細川橋を渡った道路右側に「脇川山・教海寺」の石柱があるので、橋を渡ってすぐの分岐を右へ曲がる。 あとは道なりに走って行くと、道路右側に「← 教海寺・脇川の念仏水」と書かれた案内板があるので、ここを左へ曲がって行けば教海寺に着く。 ここまで三木東インターから15分程で、自動車は教海寺の駐車場や、その先にある念仏水のところに止めることができるが、付近の滝への入り口は立ち入り禁止になっているので、御衣の滝へは向かいの耕作地から入って行くことになる。 この場合、教海寺へ向かう分岐の手前の道路右側に橋が架かっている。 この橋を渡ると大歳神社で、参拝を兼ねて自動車はここの駐車場を利用してもよい。 ただ、この橋は狭いので、侵入する時にはゆっくりと入って行った方がよい。 この橋の向かいは耕作地になっていて、教海寺と、そこから延びる遊歩道も遠望できる。 滝へは、この耕作地の右横からあぜ道を進んで行くと、2〜3分もあれば滝前に着く。 道路からでも、作業小屋のような建物が見えるので、滝はその辺りに流れ落ちている。 |
| その他の写真 |
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| ▲教海寺・大師堂 | ▲教海寺・本堂 |
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| ▲大歳神社の駐車場・奥に教海寺が見える | ▲神社の前の耕作地・滝へは、右のあぜ道を歩いて行く |
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| ▲大歳神社 | ▲大歳神社・境内 |